Express Importance of Values

時を知る道具としての価値

以前、東京・神田の古書店の店先で、ワゴンに山積みにされていた古本の中に、ちょっと面白い本を見つけた。昭和50年頃に発行されたもので、「男のおしゃれ」について語られたものだった。
昭和50年といえば西暦で1970年。男性が自分の見た目をあれこれ気にする時代では、まだまだなかった。だがその本の中では服飾やヘアメイク、タバコやアクセサリー、さらには美容医療の専門家までが執筆陣に名を連ね、男のおしゃれについて語っていた。当時としては意欲的な一冊だったことだろう。
なぜか興味を惹かれ、パラパラとページを繰ってみると、腕時計について書かれた一節に「腕時計は36,500円以上のものを買え」という一文があった。妙な主張ではあるが、その理由というのは、こうだ。
“たとえば外出中など、時計のない場所で時間を知る必要に迫られたとする。腕時計がなければ、とりあえず手近な公衆電話を見つけて、117番で時報を聞く。それが一日平均10回あるとして、一年で3650回。時報を聞くのに1回10円かかるから、合計で36,500円かかる計算になる…つまり時計の実用的価値は36,500円で、それ以上がアクセサリー、男の道具としての値打ちなのである…”
だから時計をファッションアイテムとして考えるなら、実用的価値以上の価格のものを選べ、というわけだ。かなり大雑把なうえに強引だが、妙に納得してしまう理屈ではある。
文字盤からバンドにいたるまで。一粒一粒の宝石をていねいに埋め込んだ細工は、まさにため息の漏れる仕上がり。
そんな時計の「実用的価値」というものをはるかに超越したところにあるものが、いわゆる「宝飾時計」。中でもこのオーデマ・ピゲ「バンブー」は、その個性的なデザインに加えてバリエーションが非常に多い。ここでご紹介するメンズウォッチは、文字盤のみならずリストバンドにまで宝飾を施した、極めて贅沢な一品である。
こうした美しい宝飾時計を目にすると、多くの人はその美しい輝きに目を奪われてしまう。だがこの時計は豪華さだけが売りというわけでは、決してない。その豪華さを陰で支える精緻な設計と精密な加工技術こそが、この時計の、ひいてはオーデマ・ピゲの真骨頂であるのだ。
オーデマ・ピゲはもともと時計のムーブメントを製作する会社だった。創立は140年ほども昔のことだが、その技術レベルは当時としても高かったのだろう。
その後、革新的な技術を開発しつつ、現在では超高級時計の代名詞としてその名を世界にとどろかせている。
その実力を明確に示しているのが、その薄さである。ムーブメントメーカーとして創立時からの技術の蓄積を発揮したこの時計は、とにかく薄く軽く造られている。実測値は明らかでないが、本体ケースの部分の最も厚い部分でも5ミリを切るほどの薄さだろう。この薄さのために、腕に巻いたときにも邪魔にならず、シャツの袖に引っかかるというようなこともない。バンド部分も同様に薄く軽く造られ、ひとコマの幅が狭いためにしなやかに手首にフィットし、極上の装着感をかもし出す。

Find Wonders, Elegance behind Appearance

目に見えるものの裏側に広がる美しい世界

これは腕時計に限ったことではないが、この世界には「高級品」と呼ばれるものが多数ある。そしてさらにその上をいく「超高級品」というものもある。それらは当然のごとく高価ではあるが、その金額には必ずそれだけの理由があり、裏付けがある。この「バンブー」にしても、数多くの宝石を使っているから…という理由だけで高価であるわけではない。もともとの時計としての明確な価値があり、全体に散りばめたダイヤやルビーの価値があり、さらにはそれら無数の宝石を一つひとつ、丹念に埋め込んでいくという気が遠くなるような作業を重ねた価値がある。そしてそれらすべての結果として生まれる希少価値がある。 実用性だけを求めるのなら、こうした宝飾時計は無用の存在だろう。だが、時を刻むことだけが腕時計の存在価値ではない。紳士の袖口からちらりと覗くきらびやかな輝きや、細く美しい貴婦人の手元をさらに際だたせるまばゆい彩りは、これら宝飾時計だけが持ちうる大きな魅力だ。
腕時計は時を知るための道具である。実用性に徹した時計には確かに道具として無駄のない機能美がある。だが「必要にして充分」というだけでは、世界の半分しか見ていないのと同じこと。その裏側にあるもうひとつの「存在価値」に目を向けてみれば、そこには美しく広大な世界が広がっているのだ。
トゥールビヨンやムーンフェイズと、デザインそのものにも大きな影響を与えた機構を次々に投入していったスイスの老舗。豪華な宝飾時計で名高い一方で、奇をてらわずシンプルに徹した実用時計の名品をラインナップする、いかにも大人好みのブランドである。
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